高橋和己の落とし物探し

 戦時中とはいえ、一人の乗客が顛落したのだから、次の駅で誰かあるいは駅長室に駆け込み、いくらかの騒動があり、現場まで急行する何らかの手段が講ぜられたはずだが、その方のことは、その時にも浮ばず考えてみても全く記憶にない。

 ただ、この方のイメージには、関連する記憶の粗製がった。それは同じように連結器のあたりにしがみついていた時、戦災時に何もかも失った私は、祖母からもらった女物の腕時計をかけていたのだが、その革の部分が古びていて、ああおちおちると思っている間に、時計が腕から軌道へずれ落ちてしまったのである。物資不足の折から、スイス製の時計は貴重であって、その時私は今列車に乗ってきた軌道を、独り枕木を踏み、砂礫の道床を踏み崩しながらもとに戻った。だが、何処へとび散ったのか,行きも帰りも線路を這うようにして探し、更に再度日の暮れかかる田舎の単線の軌道を歩いたのだが、時計は見つからなかった。

 高松から松山へと走る鉄道は、海岸線の近くを走っていて、処々で軌道から海が見える。家に帰れば叱られることは目に見えていて、おとした場所の大体の見当はついているのだから、どうしても帰る気になれず、私はその日、日の暮れるまで茫然と遠景の海を眺め、線路をうろうろしていた。その軌道、二本の鉄棒が、蒼味を帯びて光りながら伸び、油でよごれた枕木が韻をふむように伸びている情景が、思考力の弱まった病床の脳裏に浮び、そして消えた。  エッセイ「経験について」