大塩平八郎

『鷗外の歴史小説』尾形仂
 
 七作品の考察がなされているが、「大塩平八郎」だけにしぼってみよう。 
 鴎外が歴史小説大塩平八郎」を書く資料にしたものに幸田成友著「大塩平八郎」がある。これは綿密詳細な歴史叙述になっている。鴎外はその記述順序を組み替えただけで、同名の小説作品を発表した。ただそれだけではなく、当時起きた大逆事件のリアリティに支えられているように受け取ることができる。「未だ覚醒せざる社会主義」米屋壊しの雄という発想が生まれるのである。
 著者はここで、鴎外の「自然」ということに着目して「歴史其儘と歴史離れ」の中の「史料の自然」を強調している。それは「自ら然る」一つの自律的運動の意と解釈している。そこに、現代人としての作者が入ってくるジレンマを克服する方法として「史伝」があるとする。「大塩平八郎」は、現代を「無遠慮に」「ありの儘に」書いたあくまでも「小説」であるとする。暴動失敗後の平八郎の「枯寂の空」に収斂し、あるいは「歴史に借景した明治体制批判」とも見られようか。考えさせられることの多い作品である。