巧妙なトリック

小林秀雄先生来る』原田宗典
 サブタイトルを付さない本書。書名だけから常識的に判断すれば、創作劇とは思われない。
更に、装丁で渚に立つ小林秀雄らしきシルエット写真を予め見れば、評伝・解説書かとも錯覚する。しかし、文芸書を中心にする出版社のものであることを確認するとき、「待てよ」と思わざるをえない。近頃、フィクション・ノンフィクションの境の曖昧な作品もあって、書名にまでそのジャンルの冠せにくい場合は、いざ知らず、これはやはり賛否両論が出てきそうだ。
 本居宣長を中心とする古典論の講演が、終幕近くに出てくるのがやっとで、この戯曲は昭和後期の西津軽が舞台の創作劇で、すでに新宿のシアターで上演済みのもの。それを知ってから買う人は買うべきか。カバーだけではなく、帯まで見ないと、「一幕劇」だと判らない。
 太宰を生んだ津軽カフカ浦の同人誌仲間の会話に「津軽弁」という設定が斬新で、虚実取り混ぜた「小説の神様」出現…意表を衝く問題作である。