読みの確かさ

漱石漢詩を読む』古井由吉
 本書を象徴するような「末期の吟」を要約してみたい。
大正5年11月20日の詩。翌々日から病床につく。(12月9日逝去 50歳)
漱石最晩年の漢詩は、ほとんどが七言律詩。この八句形式の尾聯二句を書き下し文にすると、
「眼耳双つながら忘れ身も亦た失い/空中に独り唱う白雲の吟」
 この部分の典拠として『方術列伝』「薊子訓」を引いてこう述べている。神仙の術を心得た人はこの世を見限り、仙人の郷に入り、二度と帰ってこない。そのとき、どうやら特に別れの言葉を交わさなかった。ただ、その日あちこちに白雲が湧いた‥ここのところを漱石は思い起こして最後をこう結んだと推定する。「自分が世を去ったその徴に、あるいは生きている人たちへの挨拶に、あちこちに白雲を立たせた」
 漱石は最期の境になって文学的境地「空中に独り唱う白雲」をさらりと詠ったとみる。言わずとも「則天去私」を暗示していよう。これが専門の漢文学者ではない内向の作家古井由吉の【満を持した】結語とみたい。