笑いを軽みへ

芭蕉とユーモア』成川 武夫
 まじめ一辺倒の芭蕉観ではなく、上質の笑いであるユーモア精神をその俳諧に見て取ろうとするのが本書のねらいである。
 第一章「俳諧の源流」では、連歌の歴史から説く。和歌的有心連歌に対して無心連歌は、おかしみやおもしろみを志向して庶民にも親しまれる。堂上連歌『筑波集』『新撰筑波集』に対する『犬筑波集』の山崎宗鑑に注目する。
 芭蕉の『洒落堂記』(元禄3年)の中に次のような記述がある。
「門に戒幡を掛けて〈分別の門内に入事をゆるさず〉と書けり。彼の宗鑑が客におしゆるざれ歌に一等をくはへてをかし」
 後に一夜庵に掲げられる宗鑑の狂歌芭蕉が知っていて、興味を覚えた証左になる。
 芭蕉はまた、山崎の宗鑑屋敷で「有難き姿拝まんかきつばた」と詠む。宗鑑が「餓鬼つばた」と卑しまれる句に対するアンチテーゼである。芭蕉俳諧連歌の宗鑑に敬意・尊崇の念を抱いていたことが分かる。俳諧本来の諧謔性を尊重する芭蕉の原点をここに見出すことができる。
 本書は「貞門俳諧と笑い」「談林俳諧と笑い」「蕉風俳諧への胎動と笑いの底流」「野ざらしの旅と蕉風開眼」「蕉風ユーモア句の諸相」「軽みの新風とその行方」
 このように、本書は芭蕉のユーモア精神が、上質の笑い「軽み」に高まる過程が述べられている。