
「やさし」は、現代語の「優しい」につながる語で、*古語では「優美だ・上品だ」「殊勝だ・けなげだ」「身がやせるほどつらい・恥ずかしい」などの意味をもつ形容詞
🔴ここでは「身がやせるほどつらい・恥ずかしい
『万葉集』山上憶良 「貧窮問答の歌」

「やさし」は、現代語の「優しい」につながる語で、*古語では「優美だ・上品だ」「殊勝だ・けなげだ」「身がやせるほどつらい・恥ずかしい」などの意味をもつ形容詞
🔴ここでは「身がやせるほどつらい・恥ずかしい
『万葉集』山上憶良 「貧窮問答の歌」


四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら 俵万智『風の手のひら』
気づくのが遅すぎそれでも遅れ馳せながらこの歌を献ず 剣持雅舟「晩学」


俗っぽい粟井神社に紫陽花を見に行っただけで済ませていいですか
ホトトギスの名乗り出でたる社殿の上姿見えねどホ・ト・ト・ギ~
平地に住む者には聞けぬ時鳥突然聞ける今日のし・あ・わ・せ
誰ひとりいないしじまに杜鵑時鳥とていにしえ偲べる
時鳥に纏わる私の思い出を全て知ってるあなたはえ・ら・い
いにしえを偲ぶSceneに杜鵑の声を効果音と使う慣習
万葉集や古今和歌集、百人一首など、古典文学にホトトギスは非常に多く登場します。(
として詠まれ、「あこがれ」「もの悲しさ」「はかなさ」など、複雑な感情を託されてきました。
文学の中で特別なイメージが積み重ねられたことで、単なる鳥以上の象徴になっています。
ホトトギスのオスの声は高く鋭く、遠くまで響くのが特徴です。(global.canon)
ウグイスのような柔らかさではなく、激しさや切迫感を帯びた声だと受け取られてきました。
この「激しく、鋭く、よく通る」声が、
として人の心に残りやすく、歌人たちに好まれたとされています。(serai.jp)
ホトトギスの鳴き声は、「特許許可局」「てっぺんかけたか」など、言葉に当てはめて親しみやすく覚えられてきました。(gogen-yurai.jp)
また
など、歴史エピソードや人物像とも結びついて語られ、日本人の教養や物語の中に深く入り込んでいます。(pedia.3rd-in.co.jp)
ホトトギスは姿が見つけにくく、「声はすれども姿は見えず」の代表的な鳥です。
1夏 紫陽花や帷子時の薄浅黄 芭蕉
2夏
3雑
4雑
5秋月
6秋
7秋
8恋
9恋

あまりにも みじめな姿に 言葉もあらず 小野小町の なれの果てかも
けふ半日 命の洗濯 致しましょう but 非情の雨に 籠城に如かず
