大塚布見子選集13巻全巻(解説)〔母校観一先輩文庫所蔵〕

『大塚布見子選集』全13 巻  大塚布見子著  短歌新聞社発行 

①歌集1『白き假名文字』四季・招魂『水莖のやうに』花鳥・若き日の拾遺・片雲

巻頭歌「小暗きに降りくる雪は天よりの白き假名文字とめどもあらず」『大塚布見子選集』刊行にあたって 昭和52年歌誌「サキクサ」創刊22年後の古稀記念 現在会員は全国に約600人という。四六判上製カバー本 平成11年刊

②歌集2『霜月祭』風の章・光の章・祭の章『夏麻引く』ねりまの章・かづさの章

『玉藻よし』「夏麻引く」は「項」にかかる枕詞、麻はすくすく育つ 巻頭歌は「ある日ふと西に山脈見えわたりけざやかにして秋は来てをり」長歌として「筑波峰の歌」は万葉を模すもので珍しい作品。平成12年刊

③歌集3 『南総武』総の章・旅の章『ゆきゆきて』櫻谷篇・泉の里篇・はまひるがほ篇

「あたらしくことし逢ひたり行きゆきて上総鶴舞の夕山ざくら」から七番目の歌集名が取られたという。 平成12年刊

④歌集4 『山辺の里』埴輪抄篇・最上川篇『遠富士』よしのの章・さざなみの章・みちのく・こしぢの章 理知の働きかけを必要とする現代の歌への抵抗があるという。巻頭歌「埴輪には青葉がふさふ青葉濃き日をたづねきつ埴輪の里に」 平成12年刊

➄歌集5  『夢見草』さきがけの花の章・山百合の章『四国一華』菜のはなの章・明けの星の章 歌は森羅万象との相聞えにあり、それもやさしい日本語で単純に 石鎚山の頂には四国一華(いちげ)という花が咲く。短歌もいつかこのような過酷な運命になるのではないかとこの孤高な花に思いを寄せる。 平成12年刊

⑥歌集6 『こちら向きゐし』夜明け九十九里・羽越路を行く『菊の秋』いづこもさら・しろたへ抄 平成9年歌碑除幕「わが歌碑の幕おろされしその時しどよめきは断つ潮の如く」「わが歌碑の除幕の今日を南から北から三百の人集ひくれぬ」 平成12年刊

⑦歌論1  短歌雑感 「言葉を知らない」「自然から遠ざかった歌人」「匠気なき天然のひびき」「言葉は退化している」と現代短歌を批判 万葉歌「み民われ生ける験あり天地の栄ゆる時に遇へらく念へば」感動をおぼえるのは、作者の生きの再現に、何の飾りもなく、ありのままに取り組んでいる姿勢から来るという。 平成12年刊 

⑧歌論2  短歌随想 サキクサ誌「私の一首」現代の短歌は、己の感覚だけを頼りにしたものか、頭でひねったもの、観念的な難解なものが多くなりつつあるが、これは歌詠みの詩ではないという。理論は灰色、生命の樹は緑(ゲーテの『ファウスト』の中の言葉を引用。「乾坤は風雅の種」 平成14年刊

⑨歌論3  サキクサ20周年 「月並こそ黄金」「単純は最良」「自分でなくては詠めない歌を」「歌は割り切れねばならぬ」「ニヒリズムからの脱却を」俳諧(連歌)の思い出⋯しぐるるやトタン屋根うつ音しきり(布見子)我が妻抱く日の本の春(荘八) 山岡荘八邸に於ける新年会での思い出 平成14年刊

➉歌論4  新年・春の部・夏の部・秋の部・冬の部 古今の名歌を季節毎に解説・鑑賞している。新しき年の始めの初春の⋯(人の子のもつ千古不易の願い) 葛の花踏みしだかれて色あたらし⋯(実に単純、平明に、山道での驚きをよんでいる) 平成13 年刊

⑪歌論5  歌論4 に準じる 古今の歌の解説紹介 「日本の伝統詩である四季の短歌」「自然との交流は芭蕉の言っているように真に人間性を取り戻すこと」常に短歌の原点である『万葉集』を根本においてきた。現代短歌は近代短歌を越えない。 平成13年刊

⑫歌論6 赤系ー牡丹色・躑躅色・石竹色⋯茶系ー葡萄茶・金茶・柿色⋯黄系ー雌黄・山吹色⋯巻末ー田舎道銭葵咲きてビクトリアンモーブの色を鏤めてあり(布見子) 色の持つ奥深さをしみじみ思い、感情もまた色々あることに思いを寄せる。平成13年刊

⑬歌論7 ー『万葉集』に根ざし、写実平明、まことの抒情詩を究めるという主張のもと「サキクサ」編集の実際に即して折々の短歌への思いを綴ってきたて終刊平成。日本の短歌が時代の変化にかかわりなく、常に優しさを湛えたものであってほしいと願っている。 平成15 年刊   以上⓭巻で一応完結

 (付)『大塚布見子選集』巻1~6 歌集の「初句索引」あり

 

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