『硫黄島に死す』城山三郎著

 北満から硫黄島へ 兵士たちは、その行く先を知らない。フィリピンとか千島とか父島予想されたが、硫黄島は最悪の地名であった。⋯〈硫黄島玉砕〉のニュースが流れた四日後、ロサンゼルス・オリンピック馬術大障碍の優勝者・西中佐は、なお残存者を率いて戦い続けていた。⋯弾雨の中で、見習士官は西の体を内地の方向に向けた。西は、拳銃の銃口をこめかみに当てた。新しく血を吸った繃帯のかげから、隻眼でいたずらっぽく笑い、ついで、引金を引いた。(「文芸春秋」昭和38年11月号)