幸あれ宇宙

『生きて死ぬ智慧柳澤桂子
 
 少し古い言葉かもしれませんが「逆転の発想」という印象を強く持ちました。
「初めに般若心経ありき」ではないのです。黒地に白字のネガ的活字で、「天の声」「宇宙の声」が浮き彫りにされているのです。世の常の漢字版に現代語訳を付した解説ものではありません。確かに巻末には英訳まで付した原文と読み・意味は載せていますが、本書のねらいは「詩とし読む般若心経」ではありますまいか。優しく響く散文詩です。

  お聞きなさい
  あなたも 宇宙のなかで
  粒子でできています
  宇宙のなかの
  ほかの粒子と一つづきです
  ですから宇宙も「空」です
  あなたという実体はないのです
  あなたと宇宙は一つです
 
 この一節の下に原文「是諸法空相」が付記されています。このいかめしいキーワードをかみ砕いて、詩にしています。作者は科学者のようですが、限りなく詩人に近い詩心の持ち主です。単なる叙情詩人でないところが、現代的です。この仕事が「天から命ぜられたもの」と感じた著者は、天啓を受けた類い希な運命の人のように思います。
 
 心洗われるような「般若心経心訳」の最後「ぎゃてい ぎゃてい…」を「心読」するのです。

  行くものよ 行くものよ
  彼岸に行くものよ
  さとりよ 幸あれ
 
  これで
  智慧の完成の言葉は
  終わりました