①石の巻 思いがけず【迷い道】 なかなか宿を貸してくれない。
十二日、平和泉(ひらいずみ)と心ざし、あねはの松(まつ)・緒(お)だえの橋(はし)など聞き伝(つたえ)て、人跡(じんせき)稀(まれ)に雉兎(ちと)蒭蕘(すうじょう)の往(いき)かふ道そこともわかず、終(つい)に路(みち)ふみたがえて、石巻(いしのまき)といふ湊(みなと)に出(い)づ。
「こがね花咲(さく)」とよみてたてまつりたる金花山(きんかさん)、海上(かいしょう)に見わたし、数百(すひゃく)の廻船(かいせん)入江(いりえ)につどひ、人家(じんか)地をあらそひて、竈(かまど)の煙(けむり)立ちつづけたり。
思ひがけずかかる所(ところ)にも来たれるかなと、宿(やど)からんとすれど、さらに宿(やど)かす人なし。
漸(ようよう)まどしき小家(こいえ)に一夜(いちや)をあかして、明(あく)ればまたしらぬ道まよひ行(ゆ)く。
袖(そで)のわたり・尾(お)ぶちの牧(まき)・まのの萱(かや)はらなどよそめにみて、遥(はるか)なる堤(つつみ)を行(ゆ)く。
心細(こころぼそ)き長沼(ながぬま)にそふて、戸伊摩(といま)といふ所(ところ)に一宿(いっしゅく)して、平泉(ひらいずみ)にいたる。
その間(あい)廿余里(にじゅうより)ほどとおぼゆ。
②立石寺 土地の人に勧められて 【寄り道】 名句ができる〔サプライズ〕
山形領(やまがたりょう)立石寺(りゅうしゃくじ)といふ山寺(やまでら)あり。
慈覚大師(じかくだいし)の開基(かいき)にして、殊(ことに)清閑(せいかん)の地なり。
一見(いっけん)すべきよし、人々(ひとびと)のすゝむるに依(より)て、尾花沢(おばなざわ)よりとつて返(かえ)し、その間(かん)七里(しちり)ばかりなり。
日いまだ暮(くれ)ず。
梺(ふもと)の坊(ぼう)に宿(やど)かり置(おき)て、山上(さんじょう)の堂(どう)にのぼる。
岩に巌(いわお)を重(かさ)ねて山とし、松栢(しょうはく)年旧(としふり)土石(どせき)老(おい)て苔(こけ)滑(なめらか)に、岩上(がんじょう)の院々(いんいん)扉(とびら)を閉(とじ)てものの音きこえず。
岸(きし)をめぐり岩を這(はい)て仏閣(ぶっかく)を拝(はい)し、佳景(かけい)寂寞(じゃくまく)として心すみ行(ゆ)くのみおぼゆ。
閑(しずか)さや 岩にしみ入(い)る 蝉(せみ)の声
③月山 【思いつき】 登山にチャレンジ 奥山を知り、連作生まれる。
八日、月山(がっさん)にのぼる。
木綿(ゆう)しめ身(み)に引きかけ、宝冠(ほうかん)に頭(かしら)を包(つつみ)、強力(ごうりき)といふものに道びかれて、雲霧山気(うんむさんき)の中に氷雪(ひょうせつ)を踏(ふみ)てのぼること八里(はちり)、さらに日月(じつげつ)行道(ぎょうどう)の雲関(うんかん)に入(い)るかとあやしまれ、息絶(いきたえ)身(み)こごえて頂上(ちょうじょう)にいたれば、日没(ぼっし)て月顕(あらわ)る。
笹を鋪(しき)、篠(しの)を枕(まくら)として、臥(ふし)て明(あく)るを待(ま)つ。
日出(い)でて雲消(きゆ)れば湯殿(ゆどの)に下(くだ)る。
谷の傍(かたわら)に鍛治小屋(かじごや)といふあり。
この国の鍛治(かじ)、霊水(れいすい)をえらびてここに潔斎(けっさい)して劔(つるぎ)を打(うち)、終(ついに)月山(がっさん)と銘(めい)を切(きっ)て世に賞(しょう)せらる。
かの龍泉(りゅうせん)に剣(つるぎ)を淬(にらぐ)とかや。
干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)のむかしをしたふ。
道に堪能(かんのう)の執(しゅう)あさからぬことしられたり。
岩に腰(こし)かけてしばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜のつぼみ半(なか)ばひらけるあり。
ふり積(つむ)雪の下に埋(うずもれ)て、春を忘れぬ遅(おそ)ざくらの花の心わりなし。
炎天(えんてん)の梅花(ばいか)ここにかほるがごとし。
行尊僧正(ぎょうそんそうじょう)の哥(うた)の哀(あわ)れもここに思ひ出(い)でて、猶(なお)まさりて覚(おぼ)ゆ。
そうじてこの山中(さんちゅう)の微細(みさい)、行者(ぎょうじゃ)の法式(ほうしき)として他言(たごん)することを禁(きん)ず。
よりてて筆(ふで)をとどめて記(しる)さず。
坊(ぼう)に帰れば、阿闍利(あじゃり)のもとめによりて、三山(さんざん)順礼(じゅんれい)の句々(くく)短冊(たんじゃく)に書く。
雲の峯(みね) 幾(いく)つ崩(くず)れて 月の山
語(かた)られぬ 湯殿(ゆどの)にぬらす 袂(たもと)かな