樋口一葉(明治5年~29年)
彗星のごとく現れ、彗星のごとく去って行った女流作家樋口一葉。母妹を養うために駄菓子屋までして清貧の暮らしをしながら名作を書いた。24歳7ヵ月の生涯だった。
四十数年前、受験勉強でラジオ講座現代文で一葉の作品を読み、講師の塩田良平先生の深い思い入れに感動した。その日は奇しくも一葉の命日11月23日でちょうど80回忌に当たっていた。因縁めいていて、私は大学は国文科を選び樋口一葉の日記を研究、卒業論文のテーマに選んだ。一葉の本名は奈津、私の孫娘の名は夏。
名作『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』は言うまでもないが、日記がまた心惹かれる。蓬生日記、塵中日記、水の上日記と名付けられているものである。
「やうやう世に名を知られ初て、めづらし気にかしましうもてはやさるゝ、うれしなどいはんはむいかにぞや、これも唯めの前のけぶりなるべく、きのふの我れと何事のちがひかあらん、小説かく、文つくる、たゞこれ七つの子供の昔しよりおもひ置つる事のむそのかたはしをもらせるのみ、などことごと敷はいひはやすらん、今の我みのかゝる名得つるが如く、やがて秋かぜたゝんほどはむ、たちまち野末にみかへるものなかるべき運命、あやしう心ぼそうもある事かな、しばし書とゞめてのちの寝覚のこゝろやりにせばや」(水の上日記 明治28 年10 月)
◎このように、一葉はもてはやされても有頂天にならずに冷静に自己を見据えている。