小豆島に教師となりて

  ~昭和37年春、小豆島に新任教師として赴任~
 
  島の子は旧知のごとく慕ひくる
 
  人も景も夢みるごとく懐かしく
 
  たこつぼの積み重なりし浜秋陽
 
  谷火事に丘の芋蔓焼け爛れ
 
  春寒の潮に漬かりて海苔すだく
 
  海苔すける女荒けく子に命ず
 
  子を負ひて海苔採る女川瀬越す
 
  紅梅も白梅も褪せこぼれ島
 
  雨風となり祠にて焚火せし
 
  杏咲き風の岬を行きもどり
 
  島を去る覚悟もできず花杏
 
  人の居ぬ小丘や麦打つ翁かな
 
  花生けて三年住みにし宿を去る
 
  苜蓿三たび咲く頃島を去る
 
  泣けることなら思い切り泣いてみたい島浜辺
 
  雨傘をさして乙女の見送りに
 
  浜に寝て帰る朝の月淡し
 
  励まして春寒の駅に別れ来し
 
  その家の戸に手をかけて帰りけり
 
  春の島尺八の先生と別れ来し
 
    ~昭和38年春の転勤で帰郷~ 
 
  島去りて母住む里に帰りけり
 
  まず屋根の漏るをなおして祝酒
 
  母の居る故里なれば桃豊か
 
  恋去りし島は語らじ梨花白し
 
  島に行くももはやエトランゼ春の空
 
  まだ里の花になじめず島夢む
 
  島の娘と同じ名もあり初授業
 
  似ている子春の浜辺でよくしゃべり
 
  野を行けばただ撫子の紅かりき
 
  ぽつりぽつり島より便り薔薇の垣
 
  草屋に母は貝煮て吾を待てり
 
  水田となりてただちに蛙の声
 
  我が庭に咲く向日葵を君かとぞ
 
  籾殻を髪につけしまま母眠る