浅田次郎の短編「供物(くもつ)」

  今朝のラジオ文芸館で、浅田次郎の「供物」が朗読されていた。
 
 再婚した夫と二人の子どもに囲まれ、幸せに暮らしていた主人公(語り手)。
 
 そこへある日、一本の電話がかかってきた。
 
 二十年前に別れた前の夫の死を報せる電話だった。

 酒癖の悪い夫の暴力に耐えかねて家を飛び出して以来、
 
 一度も会わなかった前夫への「供物」にと主人公は高級ワインを買い求めて
 
 二昔前に飛び出してきた前夫の家へ弔問に向かう。
 
 主人公には、決して消えない記憶、消してはならない記憶があった。
 
 それでも、包み隠した過去の自分に負けないように、 険しい表情の後妻にも
 
 なんとかその場をつくろった最期の出会いだった。 
 
 育てずに遺してきた子供も成長し、悪びれず応対してくれた。
 
 牡丹雪の舞い散る川向うを見ながら、優しい今の夫の元に帰る自分…
 
 よくある筋書きながら、文章に含蓄があり、朗読もしっとりとして情感がこもり、
 
 久しぶりに独り涙を流していた。
 
 シングルマザーは誰しもこのようなドラマを抱え持っているのだろう。
 
 その一つを文芸の香り高く表出してくれた。
 
 できることなら、世の中の秘められたシングルマザーのことを知り、
 
 代弁したい思いにとらわれるのだった。