父の遺言状

        

  俳聖芭蕉は臨終の時、弟子より辞世の句と望まれ、「吾生前の句皆辞世の句ならざるはなし」と言った。自分は常に右の事を念頭に置いてゐた。故に殊更遺言めかしきものはない。生涯の言行、之れ皆遺言と思はれたし。吾今國の為に死す。死して君親にそむかず。悠々たり、天地の事。感賞明神に在り。之が亦最後の感懐である。

  • 中隊幹部に告ぐ

 永々と御世話になった。余の死後も変りなく一致団結、義勇隊綱領実践に勤め、満州開拓の大國策に躍進を続けよ。何よりも「和」が大事。よく大和の精神を発揮して、将来益々発展せられるやう奮闘せられたし

  • 隊員に告ぐ

 余の死に依って動揺することなく、☆堅忍不抜、目的達成に決死の覚悟を如実に現はせ。時の処が変れど、飽まで我日本人也の自覚を失ふ勿れ。

  • 妻信子に告ぐ

 何事も理解し、やさしく内助の功を全うしてくれた。報いる何物もなくて済まぬ。

  • 雅澄に告ぐ

 父の意図は母や姉から聞け。未完の志を継いで、国家になくてはならぬ程の人物となれ。雅澄の名は勤皇家土佐人加持雅澄から取った。皇事に尽すことが第一、どこまでも日本人たるじかくを持て。謹厳、身を処理して、偉大なる仕事の完遂に努力せよ。父はお前に無期待する。

  ⋯⋯⋯⋯ 今更思ひ残すことなしむ。教職十有九年、再起して満州開拓の聖業に尽す。人生の為すべきことを為し終れり。不慮の事に倒るとも決して悔いる勿れ。 

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  ☆堅忍不抜=志操堅固=鉄心石腸=堅苦卓絶