永井隆著『長崎の鐘』より抜粋

ぴかり、いきなり光った。大した明るさだった。音は何もしない。⋯ありとあらゆるものを将棋倒しに押し倒し、粉砕し、吹き飛ばしつつ、あ、あ、あっという間に、はや目の前の小山の上の林をなぎ倒し、⋯長崎の浦上あたりの上空に一点の白雲があらわれ、それが横のほうへも上のほうへも、ものすごい勢いでむくむくむくと膨張するではないか。「なんだ、なんだ」と騒いでいるうちに直径一キロ以上のふくれた饅頭ができた。⋯ちょうどこの時刻に浦上の自宅では、妻と子供たちが自分の名を呼びながら息絶えつつることを神ならぬ身の知る由もなく⋯(「原子爆弾」)

耳と鼻から血の流れているのかある。頭蓋底をやられて即死らしい。よほど強く地面に叩きつけられたのだろう。口から血泡を吹いているのもある。富田君がその間を水を飲ませ、言葉をかけつつ、敏捷に立ち回っている。自分の力で動けるものは一人もいない。「おーい、誰か来てくれ!」北を向いて叫び、東を向いて叫び、呼んでみた。「助けてくださーい」「苦しいよう」「お母さーん」(「原爆直後の情景」)

かねて原子物理学に興味を持ち、その一部面の研究に従っていた私たち数名の教室員が、今ここに今ここにむその原子物理学の学理の結晶たる原子爆弾の被害者となって防空壕の中に倒れておるということ、身をもってその実験台に乗せられて⋯(「原子爆弾の力」)

戦争をやめよ。ただ愛の掟に従って相互に協商せよ。願わくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ。鐘はまだ鳴っている。(「原子野の鐘」)