海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり
売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき
すでに亡き父への葉書一枚もち冬田を越えて来し郵便夫
桃いれし籠に頬髭おしつけてチエホフの日の電車に揺らる
マッチ擦るつかのま海の霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
そら豆の殻一せいに鳴る夕母につながるわれのソネット
夏帽の屍をひきてゆく蟻一匹どこまでゆけどわが影を出ず
大工町寺町米町仏町老母買う町あらずやつばめよ
言い負けて風の又三郎たらむ希いをもてり海青き日は
わがカヌーさみしからずや幾たびも他人の夢を川ぎしにして