南原繁著『歌集 形相』20首選

新年の歌 天なるや日は照らせども現身のわれのいのちの常なげくなり

〃  見はるかす大わだつみのきはまりに密雲わけり嵐来むとす

歳旦頌 ひんがしの亜細亜をこめて新しき年のはじめの光あれこそ

新春賦 学生にてありたる君等たたかひにいのち献げて悔なしといふか

二・二六事件 ふきしまく吹雪は一日荒れゐたり由々しきことの起りてゐたり

歳晩時事小言 言にいでて民らいはずもなりぬるとき一国の政治いかにあると思ふや

業苦 いまの現つに世を憤りはた自らを嘆けばつひに学者たらじか

夏日抄 時じくにものに追ひつかる如くにてこの幾年を過ぎて来にけり

歳晩 みいくさの炎とたぎち進むときわれは古典を読み暮らしつつ

春蘭 君の賜ひし春蘭の鉢を研究室の身近くに置きひとり慎しむ

母逝く さ庭なる青木の朱の実に触りて母の柩の出でてゆきたり

母の一周忌 母がつひのいのち終りしむその夜九時柱時計の止まりし思ほゆ

十二月八日 人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ

春蘭く 八十四年のいのち生きましたらちねの母が終焉の春たちかへる

昭和十八年 戦のときといふとも戦のときなるゆゑに真理は学ばむ

昭和十九年 新しく君が造語しけむ人間の「相生関係」といふに沁み来るもの

〃 靖国の社に桜の咲くけふを二万五柱の英霊かへります

故郷 阿波讃岐さかひの山脈日にきらふ幻に見て恋ひつつぞをる

焦土 大爆撃に一夜のうちに焼け果てし市路に立ちて声さへ出でず

夏の生態 ぬば玉の真夜を楚歌にひそかに遮光して我は虚しき理論を考ふ

元旦独語 わがどちのいのちを賭けて究めたる真理のちからふるはむときぞ

 

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