形子と影子

一人の男は、一人の妻を持っているように思い込んでいるでしょう。仮に形子と名付けてみましょう。法律上も複数の妻を持つことは許されません。ところが、不思議なことに、あるいは運命的に、必ずもう一人の影子なるものを同時に抱え込んでいることに気づかない人が多いのではないでしょうか。影絵のようなもの、だまし絵のようなものだと軽く見過ごされてはつらいところです。影子はもっと実在的で、形子と死別生別にかかわらず残された男と同居しているのです。普段は気が付かないのですが、ある時ふと現れてけれんみもなく、立ち沿い、寄り添っているのです。形子の亡霊ではありません。分かりやすく言えば、双子のかたわれまたは分身みたいなものです。幽霊みたいな恐いもの呪いの様相はしていません。影子は無色透明で認識の埒外にあって、冒しがたい品位ある孤影なのです。大事に温存していなければ、男は廃ります。追い払うものではなく、ずっと棲み着いて見守ってくれるいわば女神のような、それでいて確かに女です。優しいです。暖かいです。影子という名前までもった永遠の伴侶です。

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