『この子を残して』永井隆の「如己堂」

 

 

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         如己堂

 昭和二十三年四月三十日、如己堂においてこの書を書き終わる。
 向こうの丘は浦上天主堂である。赤煉瓦の大聖堂はくずれ、南側の壁が危なく突っ立っている。信者の群れがその前庭に花壇を作っている。新しい木造の天主堂もできあがって一年以上になるので、すでに風景の中に落ち着いた。その前の一段下に、昨日落成祝をしたばかりの公民館の板壁が光っている。公民館の入口には、公教要理のけいこに少年たちが百人ばかり集まっている。
 町のあったこのあたりは一面の麦畑に変わり、点々とバラックがほのかに黄色を帯び始めた麦の原に浮かんでいる。間もなく麦刈りが始まるであろう。
 私の寝ている如己堂は、二畳ひと間の家である。私の寝台の横に畳が一枚敷いてあるだけ、そこが誠一とカヤノの住居である。これは教会の中田神父様、中島神父様、深堀宿老さんのご厚志によるもので、カトリック大工組合の山田さんらが建ててくださった。神のみ栄えのために私はうれしくこの家に入った。故里遠く、旅に病む身にとって、この浦上の里人が皆己のごとくに私を愛してくださるのがありがたく、この家の名を如己堂と名づけ、絶えず感謝の祈りを捧げている。

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