絶滅寸前季語「早苗饗」

 時代が変わり、絶滅寸前の季語がたくさんある。その中の一つ「早苗饗(さなえぶり)」に関して一言述べておきたい。時代遅れ、季節外れのこんな古くさい季語を取り上げるのもどうかと思うが、急に思い立っての一文である。

 苗代で早苗をし立て、手植えで田植えの共同作業をしていた頃のことである。近所で田植えを手伝い合い、女性が五六人横並びで定規を使い、田植えをしていく。我が家も二反ほど稲を作っていて、それでも他の家のお世話にならねばならず、五反も八反もある近所の田植えを手伝わねばならなかった。百姓をしたことのない母はそれが重荷で苦労したものである。その十日くらいが終わると寝込んで毎年七転八倒していた。

 さて、「早苗饗」とは我が郷土でも「植え付け・し付け」と言った田植えが終わったお祝い・ご馳走をした。小豆御飯とかお寿司をして配るのだが、僕にとってはそんなものはどうでもよく、早く母を田植え作業から解放させてあげたい思いが強かった。

 早苗饗や神棚遠く灯ともりぬ  高浜虚子

そらぞらしい早苗饗(晩夏・人事)の季語と例句である。

芭蕉の「早苗とる手もとやむかししのぶ摺り」の句碑をずっと守っており、早苗には親しみをずっと持ち続けているだけに、本日ここに季節外れながら一筆書き留めることになった。 穭田や今故里に散見す 雅舟