先輩紹介 森諦圓氏

  三豊中学校第十八回(大正十一年)卒業 森諦圓氏 

 明治三四年高瀬町比地に生まれる。本名森調四郎。八歳で仁尾町覚城院の栂尾祥雲に弟子として入寺。当時の住職は弟子制度だったので、小さい頃より寺に入り兄弟弟子の中で修行し、僧侶となっていた。十歳の頃修行があまりに厳しく高瀬の実家まで歩いて帰ったことがあった。しかし、父が厳格な人で「一度出家した者は二度と玄関の敷居をまたいではいけない」と追い返され、暗い中を仁尾まで歩いて帰ったというエピソードが残されている。

旧制三豊中学校大正十一年卒業、その後真言宗京都大学(現・種智院大学)卒業。

 昭和八年善通寺師団布教師となり、従軍僧として、前線で戦死者を弔った。昭和十二年日中戦争の第一号従軍布教師となった。

 戦後、昭和二七年御室羽教育部長、宗務総長を経て、昭和四二年総本山仁和寺四一世門跡となった。

 

京都種智院大学長、洛南高等学校長を兼任する。仁尾町ではご存命中、「門跡さん」として町民に親しまれ尊敬された。昭和五四年、仁尾町名誉町民として推戴される。平成二年一月九十歳にて逝去される。