芭蕉と宗鑑

芭蕉の表現』上野洋三
 
「古池や蛙飛こむ水の音」…この天下に知られた芭蕉の名句。この句の解釈にしてもおざなりにはしない。蛙を詠む場合、これまで聴覚的にとらえてきた「鳴く蛙」に対して、視覚的に、身体をそなえた蛙が「飛ぶ」ところをとらえたのは、芭蕉のこの一句が初めてではない。
 山崎宗鑑の「手をついて歌申しあぐる蛙かな」の句がある。その限りでは、芭蕉の独創・発見というのではなかったとみる。 
 古典講読の基本として大切なのは、細部に眼の行き届いた読み取りが大切であると説く。資料たるテキストや参考文献を子細に読み返す。
 芭蕉の生涯、蕉風俳諧の新しさ、不易流行の説などについて、簡潔にして要を得た概説に続き、「塚も動け我泣声は秋の風」(「奥の細道」中の絶唱)の「も」がぬきさしならない働きのあることを論じている。表現の現場を踏まえなければ、百年かかっても肝心なところに触れることができないという。「表現の虚空に踏み出すヒヤリがなければ、これを読む者にヒヤリを感得させることができない」と本書を結んでいる。
 芭蕉芸術の根源に迫る労作。