白鳥となった留魂


東征して大和に還り着けず、白鳥と化して還ったヤマトタケルの話が『古事記』に出ている。
留魂像の下に名籍の埋められている暁部隊の英霊も、白鳥となって還って来ている気がしてならない。
その像の建立されている辺りの巨松辺りのに白鳥が育巣しと子育てに専念しているのである。
卵の殻の割れたのが最近たくさん落ちていて、二回目の集団子育てに入ったようだ。
白し羽がたくさん落ちているのは親鳥が羽を抜いて巣を柔らかにしているのだろう。
昭和19年4月頃から終戦まで陸軍の船舶隊が南の海、比島や沖縄に挺身特攻を試みた若者たちだ。
大方は学徒出陣で幹部候補生になった高学歴(大学生・旧制高等学校)の若者たちである。
前途有為の二十歳前後の若者が南の海に散った悲運がここには漂っているのだ。
戦後70年も過ぎてその当時を知る者も少なくなった現在、それを語り継ぐ者はほとんどいなくなっている。
かろうじて語り部となりうる昭和12年生れの私あたりが語り部とならねばならないと自認している。

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八尋白ち鳥に化(な)りて、
天に翔りて浜に向きて
飛び行(いでま)しき。

ヤマトタケルの魂は、大きな白鳥になって天空高く飛び、
浜に向かって飛んでいったのです)