硫黄島の戦い 1945年 2月19日 3月~3月26日
守備兵力20,933名のうち95%の19,900名が戦死あるいは戦闘中の行方不明となった。一方、アメリカ軍は戦死6,821名・戦傷21,865名の計28,686名 の損害を受けた。太平洋戦争後期の上陸戦でのアメリカ軍攻略部隊の損害(戦死・戦傷者数等の合計)実数が日本軍を上回った稀有な戦い。フィリピンの戦い や沖縄戦とともに第二次世界大戦の太平洋戦線屈指の最激戦地の一つとして知られる。
第二次世界大戦末期に東京都 硫黄島村に属する小笠原諸島の硫黄島において日本軍とアメリカ軍との間で行われた戦いである。
大見 陸軍中 尉 滝口美徳 昭和20年 3月 17日
吉津 〃 上等兵 石川正幹 〃
高瀬 〃 伍 長 真鍋広一 〃
〃 〃 兵 長 三谷伊三郎 〃
〃 〃 上水兵 森音市 〃
桑山 〃 上水兵 池口特四郎 〃
仁尾 〃 兵 長 真鍋幸男 〃
大野原 〃 兵 長 高橋為数 〃
常磐 〃 〃 三野喜代一 〃 3月 14日