戦没詩人森川義信先輩を偲ぶ

 

 

 

森川義信の詩をめぐって    

     現代詩における生命頌歌の再発掘     

 

森川義信詩集』はまさに森川の墓標である。その数多からぬ作品は、戦争の影とともに成長し、ついにはその雲の上に消え去る運命を確実に予測した若者の、冷たく暗いけれども、痛いほど美しい生命の讃歌である。戦中、戦後を通じて、森川の詩に匹敵する痛切を保有した生命頌歌があっただろうか?

「Mよ」という呼びかけのある鮎川の詩、「死んだ男」や「アメリカ」を代表例にしてもいい。早い時期の戦後詩の生命頌歌は、失われた死者の生命に対する哀悼の形をとった。   (衣更着信  著 『荒地』の周辺)

 

いつの間にか森川義信先輩の生家と詩碑を訪ひし今日

  1.  戦後の現代詩「荒地」のさきがけとも言われる詩 である。
  2.     勾 配     森川義信
  3.  非望のきはみ                                        ※非望=かなえられないほどの野望
  4.  非望のいのち
  5.  はげしく一つのものに向かって
  6.  誰がこの階段をおりていったのか
  7.  時空をこえて屹立する地平をのぞんで   ※屹立(きつりつ)=聳え立つ
  8.  そこに立てば 
  9.  かきむしるように悲風はつんざき 
  10.  季節はすでに終わりであった
  11.  たかだかと欲望の精神に 
  12.  はたして時は
  13.  噴水や花を象嵌し            ※象嵌(ぞうがん)=金属に模様をはめ込む
  14.  光彩の地平をもちあげたか 
  15.  清純なものばかりを打ちくだいて 
  16.  なにゆゑにここまで来たのか
  17.  だがみよ
  18.  きびしく勾配に根をささへ 
  19.  ふとした流れの凹みから雑草のかげから 
  20.  いくつもの道ははじまってゐるのだ

親友鮎川信夫の絶賛したことばを紹介しなければならない。

「わずか十八行の短詩だが、さっと一読しただけで、私は、目がくらむような思いがした。何度も繰り返して読んだが、感動の波は高まるばかりであった。」これはこの詩を原稿で初めて読んだ鮎川信夫の感想であった。

 タイトル「勾配」の含蓄もさることながら、冒頭「非望」二回の繰り返しが作者のお気に入りで、印象を強める。かなえられない「野望」を意味するこのことば。「絶望」ではない、前向きに、しかも下降線をたどる傾斜ではあるが、何であるかは明示されない。自分の人生か、歴史か時代か、どこか暗く落ち込んでゆく予感がある。「勾配」とは平坦ではない前途であろう。それを鋭くキャッチしようとする詩人の霊感で、それでも活路を見つけて人はそれぞれに【生きる道】を見つけねばならないという【光明志向】でこの詩は救われている。