一陣の風になって

『風化する女』木村紅美
 
 自殺した職場の先輩「れい子さん」を語る「私」の回想録(比喩的に言えば、挽歌)で、三十歳前の女性にしては心の襞の深さ、豊かさで好感の持てる小説である。

 その先輩は一般事務職のままで二十年ずっとその会社に勤め、無断欠勤を三日している間に四十三歳で自殺したのである。鳥取の実家には身よりの者もなく、アパートの遺品の整理を会社から頼まれた「私」は、その中に間もなく彼女が使う予定になっていた航空券を発見する。シンガーソングライターのライブを聴きに行くためのものである。「私」は「れい子さん」が「里中さん」というその歌手を好きであったと信じ、その家のレターボックスにそっと写真と口紅を入れる【いたずら】をして帰る。その後、どんな波紋が起きるか知れない。しかし、それが「私」の最後に先輩への手向けだった。多くの社員が彼女のことなどすぐ忘れてしまうにちがいない「風化する女」にすぎないけれど、「私」だけはこんなささやかな手向けをしてひそかに「れい子さんの存在」を感じてあげる。そこに、作中の語り手「私」のちょっぴり意地悪だが人の心の優しさが、一陣の風となって吹き抜ける爽快さを覚える。

 心の優しい人のいない限り、逝けば人は皆「風化」してしまう。作中の「私」のような、多少おせっかいだが、他者を想う心があれば、【永遠の風】になって吹き渡るに違いない。タイトルは「風化する女」だが、「私」によって【命を帯びた風】になって吹き渡るものと信じたい。