有明浜の博覧会

『海辺の博覧会』芦原すなお
 
 現実から幻想へ、そのようなメルヘンチックな物語展開はしない。ただ、現在から過去へ微妙なタイミングで遡行させる表現様式はお手のものである。ただ我が少年時代を回顧するのではなく、それでは凡百の自分史になる。ストーリーテラーなるこの作家は、「まえがき」から趣向を凝らして「妙な」感じで過去に転じる手法が巧い。
 書名タイトルは第一章「海辺の博覧会」から取っている。海辺とは、(モデルは観音寺松原である)松林と一般化している。この広場によそからおっさんたちが来て小屋を建て始める。尋ねると「博覧会のじゃが」と言う。市制五周年記念行事らしい。ぼくらと兄ちゃんは毎日工事を眺めて、その完成を楽しみにしていた。
 8月12日に大博覧会は始まった。テッセンくぐって舞台の裏の方から入るすべを知る。漫画映画と手品はいくら見てもあきなかった。「ただ入り」がばれそうなものだが、誰も何も言わなかった。法科大学生の兄ちゃんは四十円払った。「君らと違って僕には権利がないからね」と笑って答えた。兄ちゃんは東京に帰る。博覧会も終わり取り壊しが始まる。おっさんたちに怒鳴られながらも、その様子を全部見ていたのだった。
 海辺に住む少年たちが、突然博覧会を身近に体験して、生き生きとたくしく生きる姿が明るくユーモラスな口調で語られている。