人間の極限の時

『わが人生の時の時』石原慎太郎
 40掌編の中から戦争に関連する3編を取り上げてみよう。
「人生の時を味わいすぎた男」は、真珠湾攻撃に参加した操縦士が、ゲイバーになっている不思議さが語られている。あの時あの真珠湾で死ななかったし、その後数々の激戦地に回されても死ななかった、貴重な経験の持ち主の男との出会いを書いた好編。
「若い夫婦」は、少年時代に出征前の男との触れ合いが描かれて、心打たれる佳品である。遊び仲間の貸し家で若い夫婦らしい二人がいて、その男に話しかける。「おじさんたちは新婚なんだろう」「いつまた戦争に出かけていくんですか」と問いかけると「またもうじきにな」そして「大きくなれよ、元気でな、大きくなれよ」と繰り返し言ってくれた。…私は男の腕の内で、彼を抱きしめ返したいのをこらえてただ懸命にうなずいていた…その後、姿が見えなくなり、半年ほどして「英霊」とだけ書いてある遺骨が帰って来たという。何十年ぶりかでその家をのぞいてみると、別の若い夫婦と子供たちの家族が幸せそうに住んでいるのを見て、茫然と、そして陶然と立ち尽くしていた、と余情深く一編を結んでいる。
「戦争にいきそこなった子供たち」は、終戦時中学1年生で、艦載機による機銃掃射を受けた体験を述べ、「あれは私にとって有無いわさずに歴然として在る、生命を賭けて凌ぎ合う敵と味方なる関わりを悟らされた初めての瞬間だった。そして自分が今抜き差しならぬ形で国家なるものに属しているのだということを、あの時知っていた」と言う石原慎太郎には、すでに作家の鋭敏さがあった(雅)