生きる意味を問う対話

『何のために生きるのか』五木寛之
 
 五木…「坂上の雲」という言い方がありますね。司馬(遼太郎)さんと話していて、僕は面白いなあと思ったのだけれども、『坂の上の雲』が高度成長の応援歌のように思われた時期がある。それを司馬さんは苦々しく不愉快に思っていましたよね。「違うんだよな」と言っていたんですよ。
坂の上の雲』というのは、希望の象徴のように言われているけれども、そうではない。脱亜入欧のなかで、ヨーロッパに学んでアジア諸国をゴボウ抜きにして坂を駆け上っていく。峠のてっぺんに立って雲はつかめるか。坂の上の花とか果実だったらつかめるけれども、峠のてっぺんに立ったとき、雲は山のかなた空遠く、向こうを流れているだけです。…われわれ日本人は雲をつかめるか。雲はつかめないだろうという、深いアイロニーがあるすばらしい題名ですよね。
ユートピア」という言葉もそうです。『ユートピア』はイギリスのトーマス・モアが書いた小説ですよね。ユートピアというのは理想の世界みたいに言われているけれども、もともとのギリシャ語の言葉の背景には、決してこの世の中には存在しえない場所という意味がもうひとつ含まれている。…苦い思いがある題名なんですよね。だから、よく地方自治体が何とかピアとかつくりますけれども、理想は実現できないという…(笑)
稲森…なるほど厚生省のつくったグリーンピアというのが、どんどん潰れていくわけですね(笑)
 
 このように、対談形式になっていて、両人の複眼的見方、かねあいもよく、親しみ深く読める書物である。ご存じのとおり作家五木の、人間を洞察する鋭さ、ポイントを押さえたものの見方、ツボを心得た話しぶりに引きこまれる。