放浪遍歴の境涯

翁】と言われた芭蕉よりも三十年も長生きしているのに気が付き、愕然とした。放浪遍歴の文学を事として、自らもそのような生き方を求めてほそぼそと生きてきたものの、成し遂げ得た何ものもない。西行八百年忌に弘川寺に参じた時からもう三十年経ち、自分が今西行より十年も長生きしているのに気がついて驚いている。長年果たせなかった流離漂泊感が一度に呼び起こされる始末である。幾百年を経て一人の男が故国日本を脱出して大陸に新天地を求めた〔反故郷〕離脱の心根も芭蕉の「さすらひ」心に通じるのではないか。憂国の志士などと勇ましいことのように言われても、畢竟はひたむきで求心的な文人であったのかもしれないと思いなすのである。ひょっとすると残留孤児となり、故郷なき者になったかもしれない我が身の上にもよそえて、二重三重にも【翁さびた】人の身の上をかんがみるとき、感慨は尽きないのである。

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