一月でも、一日でも、一時間でも長く生きていて、この子の孤児となる時をさきに延ばさねばならぬ。一分でも一秒でも死期を遅らしていただいて、この子のさみしがる時期を縮めてやらねばならぬ。
胸の中に桜島の煙のように時々ぐぐっと噴き上がる愛情をおさえ、私はことさら冷たく子供を遠ざけておらねばならぬ。ぐっとおさえると、かえって大きくたぎって噴き上げる、まくらもとの火鉢の湯沸しの湯気にも似た骨肉の情である。もう一人の親――母がおりさえすれば、この子も父をあきらめて、その母にとりすがるのであろうに、その母は亡く、母のにおいの残った遺品もなく、面影をしのぶ写真さえ焼けてしまって一枚もない。
私がやっぱり眠ったふりをしていると、カヤノは落ち着いて、ほほをくっつけている。ほほは段々あたたかくなった。
何か人に知られたくない小さな宝物をこっそり楽しむように、カヤノは小声で、「お父さん」と言った。
それは私を呼んでいるのではなく、この子の小さな胸におしこめられていた思いがかすかに漏れたのであった。
何の説明も要らずに感動する文章。お父さんよりお母さんがいい。それが世の常の子供の感情である。ただお母さんが原爆直下の長崎市内で即死し、その他は何も残らかった。してみれば、お父さんの愛情に頼るしかない。父性と母性の決定的な違いをその子は宿命的に感じ分ける不思議さ。その子の接近の仕方に涙をこらえて対処しているところが奥ゆかしい。