『源氏物語』帚木の巻に見る帚木幻想

 与謝野晶子訳『源氏物語』帚木の巻(末尾) 
   
     光源氏が空蝉と交渉をもつところ…
       歌の贈答に「帚木(ははきぎ)」が詠まれる。
 
「こんなことをして、姉さん。どんなに私が無力な子供だと思われるでしょう」
 もう泣き出しそうになっている。
「なぜおまえは子供のくせによくない役なんかするの、子供がそんなことを頼まれてするのはとてもいけないことなのだよ」
 としかって、
「気分が悪くて、女房たちをそばへ呼んで 介抱 をしてもらっていますって申せばいいだろう。皆が怪しがりますよ、こんな所へまで来てそんなことを言っていて」
 取りつくしまもないように姉は言うのであったが、心の中では、こんなふうに運命が決まらないころ、父が生きていたころの自分の家へ、たまさかでも源氏を迎えることができたら自分は幸福だったであろう。しいて作るこの冷淡さを、源氏はどんなにわが身知らずの女だとお思いになることだろうと思って、自身の意志でしていることであるが胸が痛いようにさすがに思われた。どうしてもこうしても人妻という束縛は解かれないのであるから、どこまでも冷ややかな態度を押し通して変えまいという気に女はなっていた。
 源氏はどんなふうに計らってくるだろうと、頼みにする者が少年であることを気がかりに思いながら寝ているところへ、だめであるという 報せを小君が持って来た。女のあさましいほどの冷淡さを知って源氏は言った。
「私はもう自分が恥ずかしくってならなくなった」
 気の毒なふうであった。それきりしばらくは何も言わない。そして苦しそうに 吐息 をしてからまた女を恨んだ。
 
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      帚木の心を知らで園原の道にあやなくまどひぬるかな
 今夜のこの心持ちはどう言っていいかわからない、と小君に言ってやった。女もさすがに眠れないで 悶えていたのである。それで、

数ならぬ 伏屋におふる身のうさにあるにもあらず消ゆる帚木
 
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 という歌を弟に言わせた。小君は源氏に同情して、眠がらずに 往ったり来たりしているのを、女は人が怪しまないかと気にしていた。
 いつものように酔った従者たちはよく眠っていたが、源氏一人はあさましくて寝入れない。普通の女と変わった意志の強さのますます明確になってくる相手が恨めしくて、もうどうでもよいとちょっとの間は思うがすぐにまた恋しさがかえってくる。
「どうだろう、隠れている場所へ私をつれて行ってくれないか」
「なかなか 開きそうにもなく戸じまりがされていますし、女房もたくさんおります。そんな所へ、もったいないことだと思います」
 と小君が言った。源氏が気の毒でたまらないと小君は思っていた。
「じゃあもういい。おまえだけでも私を愛してくれ」
 と言って、源氏は小君をそばに寝させた。若い美しい源氏の君の横に寝ていることが子供心に非常にうれしいらしいので、この少年のほうが無情な恋人よりもかわいいと源氏は思った。

大野原古典文学講座では、5月から『源氏物語』「桐壷」を読み始め、6月は「帚木」です。5~6年かけて全巻講読の予定です。(命があってもなくても、です)