未来を見つめる【希望】⋯森川義信

勾配  森川義信

非望のきわみ
非望のいのち
はげしく一つのものに向って
誰がこの階段をおりていったか
時空をこえて屹立する地平をのぞんで
そこに立てば
かきむしるように悲風はつんざき
季節はすでに終りであった
たかだかと欲望の精神に
はたして時は
噴水や花を象眼
光彩の地平をもちあげたか
清純なものばかりを打ちくだいて
なにゆえにここまで来たのか
だがみよ
きびしく勾配に根をささえ
ふとした流れの凹みから雑草のかげから
いくつもの道ははじまっているのだ


鮎川信夫「現代詩との出合い」(思潮社、2006年)より。「勾配」の初出は1939年11月の『荒地』第四輯。
 鮎川信夫は詩友・森川義信(1918-1942 ビルマで戦病死)のこの詩を繰り返し紹介して来た。
鮎川はこの詩に「ある原型的なもの」を感じたという。後に彼の詩について次のように記す。
〈根なくして生きなければならなかった私にとって、森川の詩は、大きな慰めであり、希望であった。これが単なる論理であったら、あの苛酷なナショナリズムの嵐の只中で、こっぱみじんに打砕かれてしまったかもしれない。〉
【引用】