樋口一葉の「十三夜」には、自分さえ我慢すれば周囲が幸せになるから、どんな不条理も甘受すべきだという考え方、 とりわけ一昔前の人たちにはそういう習慣が根付いていた。 犠牲の精神を強く持っていたという時代を流麗な文章で伝える。
今宵は舊暦の十三夜、舊弊なれどお月見の眞似事に団子をこしらへてお月樣にお備へ申せし、これはお前も好物なれば少々なりとも亥之助に持たせて上やうと思ふたけれど、亥之助も何か極りを惡がつて其樣な物はお止なされと言ふし、十五夜にあげなんだから片月見に成つても惡るし、喰べさせたいと思ひながら思ふばかりで上る事が出來なんだに、今夜來て呉れるとは夢の樣な、ほんに心が屆いたのであらう、自宅で甘い物はいくらも喰べやうけれど親のこしらいたは又別物、奧樣氣を取すてゝ今夜は昔しのお關になつて、外見を構はず豆なり栗なり氣に入つたを喰べて見せてお呉れ、いつでも父樣と噂すること、出世は出世に相違なく、人の見る目も立派なほど、お位の宜い方々や御身分のある奧樣がたとの御交際もして、