西行・定家の肖像

 かつて、朝日も読売も地方同人誌に好意的で、つまらぬ私ごとき小文も紹介してくれた。数十年前の記事が残されている。わが新聞スクラップより摘出する。

「現代もまた乱世と呼ぶならば、その中に私の西行像・私の定家像を位置づけることは、時代錯誤とも言えない」という視点から野口雅澄が「西行・定家の肖像」を書いている。二人の歌の中から有名に三首ずつを選び出して解釈し、最後に「西行における遁世とは、生の本義に向かっての意志的行動であったろうし、定家における閑居とは、美の本質を求めての知性的情緒であったろう」という。(朝日新聞・昭和51年5月18日)

 野口雅澄は「西行と定家の肖像」で乱世の「乱世の純情歌人」二人の生き方に、現代の人間像を追う。漂泊と閑居、その一見対照的な風姿、作風に「汚濁の中にうごめく乱世」にあっては「真の生を求めるか真の美を求めるか、純情歌人に許された道は二つしかなかった」わけで、そこに共通した"人間らしさ"をみる(読売新聞 昭和51年5月10日)

 さすが大新聞記者、小生の至らぬ文章の真意を読み取り、簡潔にまとめていて今更ながら感心する。この記事を書いてくれた記者はもうこの世にいるとは思えないが⋯⋯