道長が持ち去った草稿

藤原道長』山中裕
 
 私は藤原道長にはあまり触手を惹かれない。ただ、中古文学には欠かせない。
 道長人間性・人柄が次のようにまとめられている。
道長は決してあせらず、強硬なこともせず、人の気持ちを十分に考慮に入れながら事を運んでいく。ここに平和な文化の華がひらき、女流作家たちが続出したのも、道長が最高の地位に就いてよき政治を行っていたからということができよう」すなわち【道長の人物の賜物】であったというのが著者の言いたかった。
 古記録として『御堂関白記』は男性の手による政治上の日記で、第一級史料として貴重である。また、歴史物語として『栄華物語』は道長の生涯と摂関政治の様を描いたものとして貴重である。ただ、主題のはっきりした『源氏物語』と比べると、見劣りがする。
 本叢書シリーズは、史実を文献等によって正確に追うことをねらいとして、本書も虚構を是とする物語文学に深くかかわろうとしてはいない。
 本書構成は「九条家の流れ」「彰子の入内・立后」…「後一条天皇の即位」「道長の最期」このように摂関政治の立役者九条藤原道長の一代記である。
 此の世をば我世とぞ思ふ望月の欠けたることのなしと思へば(酒の酔いに任せた歌で、歌友実資に書き留められて、道長表歌になってしまった)
 彰子に仕えた紫式部源氏物語』につながるところに興味が湧く。
 道長はこっそり式部の局に入り、『源氏物語』の草稿本を持っていってしまった。書き直したものは持っていかず、清書していない方を持って行かれた。皇子誕生(自らは外祖父となる)の祝いとともに、道長は『源氏物語』の誕生を待ちきれなかったというわけである。