実景としての【玉藻刈る】

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  『万葉集』巻一より
 
十市皇女 ( とほちのひめみこ ) の伊勢の 神宮 ( おほみがみのみや ) に 参赴 ( まゐで ) たまへる時、波多の横山の 巌 ( いはほ ) を見て、 吹黄刀自 ( ふきのとじ ) がよめる歌
巻1ー22 河の 上 ( へ ) のゆつ磐群に草むさず常にもがもな 常処女 ( とこをとめ ) にて
吹黄刀自ハ詳ラカナラズ。但シ紀ニ曰ク、天皇四年乙亥春二月乙亥朔丁亥、十市皇女、阿閇皇女、伊勢神宮ニ参赴タマヘリ。

麻續王 ( をみのおほきみ ) の伊勢国 伊良虞 ( いらご ) の島に 流 ( はなた ) へたまひし時、 時 ( よ ) の人の 哀傷 ( かなし ) みよめる歌
巻1ー23  打麻 ( うつそ ) を麻續の王海人なれや伊良虞が島の【玉藻苅り】ます

麻續王のこの歌を聞かして 感傷 ( かなし ) み和へたまへる歌
巻1ー24 うつせみの命を惜しみ波に 湿 ( ひ ) で伊良虞の島の【玉藻苅り】 食 ( は ) む
右、日本紀ヲ案フルニ曰ク、天皇四年乙亥夏四月戊戌ノ朔乙卯、三品麻續王、罪有リテ因幡ニ流サレタマフ。一子ハ伊豆ノ島ニ流サレタマフ。一子ハ血鹿ノ島ニ流サレタマフ。是ニ伊勢国伊良虞ノ島ニ配スト云フハ、若疑後ノ人歌辞ニ縁リテ誤記セルカ。
 
【玉藻刈る】は枕詞としての用法もあるが、もちろん上掲の【玉藻刈り】は実景である。