屋島合戦 義経の策謀

 5月下旬 NHK高松放送局の紹介があった。木之鳥居 (830年前、義経が奉納) 
 香川県観音寺市八幡町琴弾八幡宮 
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   石段途中二の鳥居・石の鳥居南の「木の鳥居」源義経が奉納した本物   
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     琴弾八幡宮前の説明板
「木之鳥居」 八幡宮参道途中
 説明版…元暦二年(1185年) 源義経 屋島合戦勝利の後 平家追討を祈願して        奉納。 所在地は、香川県観音寺市琴弾八幡宮
 九郎判官 義経屋島合戦の後、平家追討を祈って名馬望月と木之鳥居を奉納し、頼朝は一千貫 文の土地を寄進している。 降って一の鳥居「石の鳥居」の南にある屋島合戦(裏話)説明板【源平屋島合戦の由来】とっておきの裏話
 平家水軍 の総大将、能登守教経は、 起死回生の作戦として 伊予大洲城主、田口佐衛門教能と伊予路の源氏勢を平定した後、一千騎を引き連れて屋島に向かう途中、ここ十王堂で義経の策略(父重能はすでに囚われたと偽る)にまんまとひっかかったことになる。このことは一般には知られていない。
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