真雅は空海の末弟

 空海は佐伯直田公善通の三男。七男が真雅で空海の末弟で、年は二十七も離れていた。少年真雅は新しい密教の教義を貪るようにして兄から学ぶ。後に太政大臣の位に就いた藤原良房への接近、真雅は天皇一家の生活にも深く関わっていく。歴史は「承和の変」を綴る。空海の門下生第一の逸材で、弟子の養成にも優れた手腕を発揮、七十八歳死後法光大師の号が贈られた。