衣更着信の証言
森川義信の詩をめぐって
~現代詩における生命頌歌の再発掘~
「勾配」のような絶品を残して、ビルマで戦没した詩人である。『荒地』の仲間は、軍隊にはいった者はそれぞれ奇跡的に生還し、⋯ひとり森川義信だけは帰り来ることがなく、太平洋戦争における詩壇最大の損失と嘆かれているのである。
われわれの世代は戦争とともに育った。しかし、
春の帽子を振らう。
ヴィーナスの歌を聞かう。
こんなにも若い青空。
花ある胸。
⋯⋯⋯
何だか何だか優しく通る。
春の帽子を振らう。
小鳥がゐる胸。
何だか何だか優しく通る。
春の帽子を振るらう。
小鳥がゐる胸。
さあ丘をのぼらう。
こんなに楽しく、優しい生命感に溢れた詩を書いた若者は、精神の成長とともに、迫ってくる大戦の予感をからだ全体で受け留めた、暗く、張りつめた絶唱を、日ならずして書くに至るのである。
翳に埋れ
翳に支へられ
その階段はどこへ果ててゐるのか
はかなさに立ちあがり
いくたび踏んでみたことだらう
「巷にて」は、このように暗澹とした問いかけに始まり、
ものいはず濡れた肩や
失はれたいのちの群をこえ
けんめいに
あふれる時間をたどりたかった
と、生きがたい時代を生き抜こうとする青年のせつない望みが歌われる。そして、
その希望は詩の最終部において、こう歌い切られるのである。
美しいままに欺かれ
うつくしいままに奪はれてゐた
しかし最後の
膝に耐え
こみあげる背をふせ
はげしく若さをうちくだいて
未完の忘却のなかから
なほ
何かを信じようとしていた