はじめまして。埼玉に住む一條と申します。満蒙開拓青少年義勇軍について調べています。香川県の義勇軍を深く調べているというわけではないのですが、ブログを拝見し、この機会に教えていただければと思い、質問させていただきます。 香川県は昭和13年初め、内原訓練所建設のための先遣隊員を募集する「先進5県」の1県に数えられていたようです。お父上の第五次の前年から昭和19年の第七次まで、香川県は毎年郷土中隊を編成しています。その背景に何があるのか、お父上が中隊長になった経緯を含め、ご教示願えればと思い、唐突ながら質問させていただきました。お聞き及びの範囲でけっこうです。よろしくお願いいたします。
満蒙開拓青少年
義勇軍香川県送出野口中隊誌『鍬の戦士』野口雅澄著
満洲に第二の故郷を建設しようと
国民学校高等科卒業225名をもって
編成した満蒙開拓青少年
義勇軍(第5次)が壮途に就いたのは昭和17
年3月10日だった。中国侵略であることを知らないで「聖業」としていた。
ソ連との国境に近い悪条件の所だった。
3年間の訓練の後、開拓村に入殖するも束の間、敗戦。
故国日本に帰る引き揚げがままならず、30余名の犠牲
者を出した。一般の開拓団はもっと多くの犠牲者を出した。
【拙著 52年前 昭和48年 既刊】以来半世紀を経て、今年戦後八十年に当たり、父の連れ返し得なかった隊員30余名の若き隊員の菩提を弔う。