書簡の魅力

新潮日本古典集成『芭蕉文集』
 
芭蕉の代表作品は全て網羅されている。制作の年月順に『野ざらし紀行』『鹿島詣』『笈の小文』『更科紀行』『おくのほそ道』『幻住庵の記』『嵯峨日記』などである。
 本書の類書と違うところは、書簡・遺書の掲載されていることである。遺書と言っても、支考代筆の口述遺書である。
(その1)一、『三日月の記』伊賀にあり。一、『新式』これは杉風に遣さるべく候。落字これ有り候あひだ、本写を改め、校せらるべく候。一、『百人一首』『古今序註』抜書。これは支考へ遣さるべく候。【自分の作品の処理については、最期まで気にしていたことが分かる】
(その2)一、猪兵衛に申し候。当年は寿貞ことにつき、いろいろ御骨折り、面談にて御礼と存じ候ところ、是非なきことに候。残り候二人の者ども、途方を失ひうろたへ申すべく候。好斎老など御相談なされ、しかるべく料簡あるべく候。一、好斎老、よろづ御懇切。生前死後、忘れ難く候。【内縁の妻とも言われた寿貞尼の死去の際に世話になった御礼、その遺児をよろしく頼むと言っている】
〈その3〉一、杉風へ申し候。ひさびさ厚志、死後まで忘れ難く存じ候。不慮なる所にて相果て、御いとまごひ致さざる段、互に存念、是非なきことに存じ候。いよいよ俳諧御つとめ候て、老後の御楽しみになさるべく候。一、門人かた、其角はこの方へのぼり、嵐雪を初めとして残らず、御心得なさるべく候。   元禄七年十月十日  ばせを〈朱印〉
【ここで、俳諧は単に老後の楽しみとしてではなく、精進を積んで芸境を深め努めるよう励ましている】