北満の野に朽ち果てし憂国の志士なる父は永久に還らず
母嫁せし時のタンスは納屋隅に雪降るごとき閑けさをもつ
母が嫁し我の生まれて育ちたる家の棟木の響き立て落つ
母のこと案じて書ける幾百の満洲通信押入れ深く
父母に会ひたき心子に言へず日本の歌聴いてゐるなり
うは言に金のことなど低く言ひ戦争未亡人母逝きにけり
靖国の是非論じ合ふその隙に戦時の真は消えてしまへり
満洲へ再び慰霊の旅をせし父より老けし戦争遺児と
大陸へ新天地求め渡航せし志士たちを今侵略者と言ふ
今年また残留孤児の来日し空しく帰る我がごとく見る
松風の音を琴弾と聞きなせし古へ人の懐かしきかな
西行の松吹く風を人生の極北にして生きゆく私
「旅人と我が名呼ばれん初時雨」子と刻みたる我が芭蕉句碑
農に生くはずの指で捕まえし蛍火ひとつ弄びつつ
古典とは所詮縁なき男の子らの面晴ればれと漁船乗り出す
大土佐へ鹿持雅澄を訪ねたり家族と共にまた友人と
オリーブは青き音符の実を揺らせ結ばれ難き愛の譜を練る
連翹の島と名付けて幾歳かその歌声は人に届かず
うらうらと橋渡る時ひらめきぬ生きるもよけれ死ぬのもよけれ
紺青は誰に語らむ我が胸の底を彩る沈潜の愛