剣持雅澄歌集『紺青』20首

   我が歌自選20首

北満の野に朽ち果てし憂国の志士なる父は永久に還らず

母嫁せし時のタンスは納屋隅に雪降るごとき閑けさをもつ

母が嫁し我の生まれて育ちたる家の棟木の響き立て落つ

母のこと案じて書ける幾百の満洲通信押入れ深く

父母に会ひたき心子に言へず日本の歌聴いてゐるなり

うは言に金のことなど低く言ひ戦争未亡人母逝きにけり

靖国の是非論じ合ふその隙に戦時の真は消えてしまへり

満洲へ再び慰霊の旅をせし父より老けし戦争遺児と

大陸へ新天地求め渡航せし志士たちを今侵略者と言ふ

今年また残留孤児の来日し空しく帰る我がごとく見る

松風の音を琴弾と聞きなせし古へ人の懐かしきかな

西行の松吹く風を人生の極北にして生きゆく私

「旅人と我が名呼ばれん初時雨」子と刻みたる我が芭蕉句碑

農に生くはずの指で捕まえし蛍火ひとつ弄びつつ

古典とは所詮縁なき男の子らの面晴ればれと漁船乗り出す

大土佐へ鹿持雅澄を訪ねたり家族と共にまた友人と

オリーブは青き音符の実を揺らせ結ばれ難き愛の譜を練る

連翹の島と名付けて幾歳かその歌声は人に届かず

うらうらと橋渡る時ひらめきぬ生きるもよけれ死ぬのもよけれ

紺青は誰に語らむ我が胸の底を彩る沈潜の愛