先年死んだはずの幽子が現れ出ましたのでびっくりしました。
今日も早苗塚の掃除にやってきたのですが、ぬ~っと立っているのです。
「幽子か」と尋ねると、うなずくので、やっぱりそうかと思いました。
「今日ここにいることがどうして分かったのだ」と尋ねると
「なんとなくそんな気がしたの」とこともなげに応えるのです。
「霊感か」と反問すると
「わたしネ、それがよく当たるの」と平気で言うのです。
「あのね、それより『沓音天神』あったでしょ。一夜庵と宗鑑のことと関係あるの?」
「あまりないね。ちょっとあるにはあるが⋯『二ッ笠』⋯」
「⋯⋯」
「ここは芭蕉の俳句『早苗取る手もとや昔しのぶ摺り』の句碑で、あちらは俳祖宗鑑の
伝説のある方。話はそこまで。
彼女は、ここが蚊の出る所で、初めからここに来るのを嫌っていた。なので、ここには絶対現れ出るはずがないのに、今日は顕われ出たのだ。幽明境を異にしているはずの彼女が⋯紛れもなく現そ身となって⋯。