- 戦後の現代詩「荒地」のさきがけとも言われる詩
- 勾 配 森川義信
- ★非望のきはみ
- ★非望のいのち
- はげしく一つのものに向かって
- 誰がこの階段をおりていったのか
- 時空をこえて屹立する地平をのぞんで
- そこに立てば
- かきむしるように悲風はつんざき
- 季節はすでに終わりであった
- たかだかと欲望の精神に
- はたして時は
- 噴水や花を象嵌し
- 光彩の地平をもちあげたか
- 清純なものばかりを打ちくだいて
- なにゆゑにここまで来たのか
- だがみよ
- きびしく勾配に根をささへ
- ふとした流れの凹みから雑草のかげから
- いくつもの道ははじまってゐるのだ
親友鮎川信夫の絶賛したことばを紹介しなければならない。
「わずか十八行の短詩だが、さっと一読しただけで、私は、目がくらむような思いがした。何度も繰り返して読んだが、感動の波は高まるばかりであった。」これはこの詩を原稿で初めて読んだ鮎川信夫の感想であった。
タイトル「勾配」の含蓄もさることながら、冒頭「非望」二回の繰り返しが作者のお気に入りで、印象を強める。かなえられない「野望」を意味するこのことばと普通は説かれている。「絶望」ではない、前向きに、しかも下降線をたどる傾斜ではあるが、何であるかは明示されない。自分の人生か、歴史か時代か、どこか暗く落ち込んでゆく予感がある。「勾配」とは平坦ではない前途であろう。それを鋭くキャッチしようとする詩人の霊感で、それでも活路を見つけて人はそれぞれに生きる道を見つけねばならないという、光明でこの詩は救われている。
-★非望=①身分不相応の望み、野心(不似合いに高い望み) ②思いがけない(我が思いにあらざる、不意の) ③希望することではない(本望ではない) この詩のキーワード「非望」の意味するところを、①②③のどれに受け取るかは、人によって違っていい、微妙な所である。